国連麻薬委員会にて「ハームリダクション(二次被害低減)」措置を認める決議が採択


2024/03/29


2024年3月18日から22日に行われていた第67会期国連麻薬委員会(CND)の3月22日にオーストリア・ウィーンにて歴史的な決議が行われました。

ほとんどの国連会議やフォーラムでは、コンセンサス(合意)のために必要に応じて投票を行います。しかし、ウィーンで行われる国連麻薬委員会(CND)では、すべての決議や政策文書が全会一致で合意されることを基本とし、特定の加盟国が進歩的な表現や気に入らないものをブロックすることが認められていました。

この全会一致の合意(ウィーン精神と呼ばれる)が壁となって、「ハームリダクション(二次被害低減)」を求めた提言書決議において、これまで長い間、否決されてきました。

ハームリダクション(二次被害低減)とは、ニコチンやアルコール、ギャンブル、違法薬物など、心身に悪影響を及ぼす行動がやめられない依存症に対して、二次的に起こり得る健康被害や社会的弊害を可能な限り減らすための対策することを示しています。

米国は、ロシアや中国と共に何十年にもわたって、ウィーンで「ハームリダクション(二次被害低減)」という用語が受け入れられるのを最も激しく妨げていた国でしたが、今回は180度の変革を示していました。何時間にもわたる交渉の末、ハームリダクションへの言及9件が1件に減らされたものの、ロシアによって投票が呼びかけられました。

その結果、投票権のある53か国中、賛成38、反対2、棄権6となり、この決議に対する圧倒的な支持が得られました。

採択された提言書
E/CN.7/2024/L.5/Rev.2
バランスのとれた包括的で科学的証拠に基づいたアプローチの一環として、違法薬物使用に伴う被害に対処するため、予防、治療、ケア、回復措置、その他の公衆衛生介入を通じて薬物過剰摂取の予防と対応を行う


賛成票38 (53 カ国中): アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ボリビア、ブラジル、カナダ、チリ、コロンビア、フランス、フィンランド、ガーナ、グアテマラ、ハンガリー、インド、インドネシア、イタリア、日本、リトアニア、マルタ、メキシコ、モロッコ、オランダ、ペルー、ポーランド、ポルトガル、韓国、サウジアラビア、シンガポール、スロベニア、南アフリカ、スペイン、スイス、タイ、トリニダード・トバゴ、英国、米国、ウルグアイ

反対票2 (53 カ国中): 中国、ロシア連邦

棄権6 (53 カ国中): アルジェリア、アルメニア、バングラデシュ、ドミニカ共和国、イラン、ジンバブエ

ハームリダクションは、国連総会 (2001年) や人権理事会 (2023年)で長年にわたって行われてきたように「合意された文言」としての地位を少しずつ確立してきました。今回の決議は、ウィーンで行われる国連麻薬委員会(CND)の投票への忌避感(タブー)の慣習が打ち破られた瞬間でもありました。

我が国の薬物政策は、厚生労働省の医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課が担ってきましたが、2018年から同省の社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課に「依存症対策推進室」が設置され、ハームリダクションの考え方を担う部署ができています。また、第六次薬物乱用防止五か年戦略(2023年8月策定)においても、厳罰アプローチを堅持しつつ、依存症患者に対する回復と支援にも言及されており、このような背景から日本も提言書決議の賛成に投票したことが推測できます。

引用:
https://www.unodc.org/unodc/en/commissions/CND/session/67_Session_2024/draft-proposals.html
https://cndblog.org/2024/03/plenary-items-10-11-and-12/
https://www.unaids.org/en/resources/presscentre/pressreleaseandstatementarchive/2024/march/20240322_harm-reduction

補足説明

●厳罰アプローチ  1971−2010年頃
・薬物使用者に刑罰を科す
・ダメ。ゼッタイ。
・感情的イデオロギー
・問題を抱えた人を「ダメなやつ」と切り捨て、社会から排除、孤立させ、地下に潜らせる
<社会的に作られた”いじめ”の構造>


●健康アプローチ  国連共通見解の2018年〜
・ハームリダクション(harm reduction 二次被害軽減)
・2001年からのポルトガル薬物政策:すべての薬物を非犯罪化
・サイエンスに基づく新しい公衆衛生の考え方
・薬物問題を抱えた人を支援
・孤立しないようにする
・薬物周辺の問題を見る(貧困、健康、住居、就労、教育など)


参考文献:松本俊彦,古藤吾郎,上岡陽江編著「ハームリダクションとは何か」中外医学社、2017

<参考文献>

2016年 1998年以来の世界薬物特別総会(UNGASS2016)の成果文書A/RES/S-30/1
→従来の需要削減、供給削減、国際協力の3本柱に、健康、開発、人権、新たな脅威の4本柱を加えた。

http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=99841

2018年 国連人権理事会決議37/42「人権に関する世界の薬物問題に効果的な取組み及び対策の ための共同コミットメントの実施への貢献」, 「世界の薬物問題に効果的に取組み、対処するための共同コミットメットの実施と人権について」国連人権高等弁務官報告書A/HRC/39/39、国連システム事務局長調整委員会(CEB)にて「効果的な国連機関間の連携を通じ た国際薬物統制政策の実施を支援する国連システム共通の立場」を全会一致で支持
→ この年に初めて国連全体で、実質的に人権擁護と健康対策に焦点を当てた 公衆衛生アプローチが薬物政策の中心となった。

http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=89565

国連薬物犯罪事務所(UNODC)・世界保健機関(WHO)「薬物使用防止に関する国際基準第2版」→幼児、青年初期、青年・成人期の各段階でエビデンスに基づく予防と政策を示す。
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=105664

2019年 国連システム調整タスクチーム「過去10年間に私たちが学んだこと:国連の薬物関連制度によって得られ、生み出された知見の要約」→国連システム共通の立場で分析された報告書。
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=103532

第62会期国連麻薬委員会「世界薬物問題に対処する共同コミットメントの実施加速化の ための国内的,地域的,国際的あらゆるレベルでの活動強化にかかる」閣僚宣言, 国連エイズ共同計画(UNAIDS)世界保健機関(WHO)国連開発計画(UNDP)らが 「人権及び薬物政策に関する国際ガイドライン」を発表,
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=103026

国連薬物犯罪事務所(UNODC)が「薬物と持続可能な開発目標(SDGs)の市民社会ガイド」を発表,
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=103112

国連薬物犯罪事務所(UNODC)と世界保健機関(WHO)が 「刑事司法制度に接する薬物使用障害者の治療とケア」を発表
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=109437

2020年 国連薬物犯罪事務所(UNODC)と世界保健機関(WHO)が 「薬物使用障害の治療に関する国際基準(2020年版)」を発行
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=106040

2021年 収監に関する国連システムの共通見解→薬物政策における非犯罪化を提唱.
http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=113534

2022年国連総会決議_包括的、統合的かつ均衡的なアプローチを通じて世界の薬物問題への取組みと対策A_RES_77_238
2023年国連人権高等弁務官事務所報告書A/HRC/54/53

http://cannabis.kenkyuukai.jp/information/information_detail.asp?id=143035
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